2009年08月22日

ゴミ箱に投げ捨てたくなった、とある文庫本

 自分の身に降りかかってきたとしても、良いものは良い、悪いものは悪いと堂々といいたい。だから、ここでは酷評も辞さずのスタンスをとると決めました。

 僕は趣味で「自殺」「事故」「事件」「宗教」「差別」といったキーワードでヒットするような本をよく読むんですが、デリケートな題材のためか当たり外れが激しいのが悩みの種です。特にAmazonなどのWEB書店で購入する場合は自由に立ち読みできないため、買ってから残念な気持ちになる率がちょっと上がる。

 なにが外れの本かというと、行間を読むのを認めない雰囲気のもの。すなわち、著者の主義主張が強すぎて、記載された情報に対して別の解釈や意見を認めないようなものです。たとえば、自殺というテーマだと、「自殺した人は本当かわいそう。遺族もかわいそう。本人はいい人で、自殺においやった環境が悪だ」とか堂々と主張してくるタイプ。読んでいると「でも、自殺の要因って、直接の引き金だけじゃなくて、その人の性格や逃げ場を作らない家庭に問題あるケースも存在するんじゃない?」という疑問がわくけど、そんなこと無視して「いいから、とにかく悲しさでむせび泣け。はい、この章終わりっ」と、強引に次の章にいってしまう。

 その典型例が、幻冬舎文庫の『遺書 5人の若者が残した最期の言葉』(verb)だ。

 タイトルの通り、自殺した若者が書いた遺書にスポットを当て、自殺に至る背景やその後のことについて遺族にインタビューして構成している。手書きの遺書をそのままコピーして掲載しているので、死を覚悟した人が最後にどんなメッセージを発したのかを目の当たりにできる。それは良いんだけど、その人の自殺に至るエピソードがスカスカで失望する。主に遺族にインタビューして記事を構成しているため、自殺者を擁護する雰囲気に満ちているいっぽう、家族からは見えない視点が補間されていない。だから、読後感が非常に悪い。2人の友達がケンカしていて、片方の言い分だけを聞かされた気分になる。

 僕は、著者に感情を操作されたいわけじゃなく、なるべく濃い情報がほしいだけなんです。救いようのない自殺のエピソードがあったとしても、それを悲しいと捉えるか、社会の問題として悩むか、こんな事実があったんだと認識するに留めるかは、読者の自由だ。なんというか、僕は素うどんを食べたいだけなのに、「今流行のビネガーをふんだんにかけております」とかいって、ヘンな汁に満たされたうどんを出されたような気分になる。
posted by 古田雄介 at 22:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文、他 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
柳美里氏の『自殺』と言う本を読んだことがありますが、けっこう考えさせられました。
古田さんなら読んだことがあると思いましたが、一応
Posted by チャパ at 2009年08月29日 01:40
>チャパさん
書籍のご推薦、ありがとうございます。
柳美里さんは読まず嫌いで避けていたので、この機会にちょっと読んでみたいと思います!
Posted by 古田雄介 at 2009年09月01日 20:48
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